収束か? 再び増加か? コロナの現状を聞く
河端新型コロナウイルスに関しては、いろいろなメディアに多くの専門家が登場し、我々は誰の話を信じれば良いのか分からなくなるときがあります。その点、尾﨑先生のご説明はとても分かりやすく、いつも参考になります。今日も非常に楽しみです。よろしくお願いいたします。
尾﨑よろしくお願いします。
河端今日はシルバーウィークの連休明けですが、ここ最近は都内の感染者数も一時期より落ち着いてきたように思われます。専門家のお立場からはどのように見られていますか
尾﨑確かに1日に400名以上の感染者が出ていた頃を考えれば、ある程度は落ち着いてきたと言えそうです。ただ日によってPCR検査の数に偏りがありますので、楽観視はできません。例えばこの連休中は2桁の感染者数が3日間続きましたが、これは休日で検査数自体が少なかったことが要因です。恐らく検査数は400件前後だったと思いますが、最近は平日なら4000件以上は行われていますから。今日も都知事から電話があり、「150名は超えそう」とのことでした(最終的には195名)。この4連休でかなりの人が動きましたから、その影響も今後出てくるはずです。冬場にかけて再び増加傾向になる可能性も否定できませんし、もうしばらく推移を見守りたいところですね。
河端10月からは尾﨑先生が懸念されている「Go To トラベルキャンペーン」が東京も対象となるとの発表がありました。
尾﨑経済を回す必要があることは十分に理解しておりますが、行動範囲を一気に全国に広げるのは少し怖いですね。やるのであれば、まずは東京都内の散策から始めるのが良いと思います。そうした動きには都からも助成があるとのことですし、東京にお住まいでも東京タワーに昇ったことのない方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。そういう意味では「近所旅行」で話題の星野リゾートの「マイクロツーリズム」のような考え方には私も賛成です。「Go To トラベル」もまず都内から始めて、神奈川、千葉、埼玉などの隣県に広げ、しばらく様子を見て大丈夫そうなら、段階的にエリアを広げるのが理想だと思います。
河端東大の先端科学技術研究センターの児玉龍彦名誉教授が、ウイルスが「東京、埼玉型」に変異したと以前話されていましたが、その辺りも関係してきますか。
尾﨑変異そのものは諸説あり、まだ研究段階なのですが、ひとつ考えられることは東京には埼玉だけではなく、神奈川、千葉など隣県から多くの方が毎日通勤されていますから、実は想像以上にウイルスが隣県に広まっており、ある程度の免疫が既にできている可能性があります。一方で例えば青森、岩手、鳥取など、感染者が数名しか出ていない地域は、当然免疫はありませんから、そこに東京から出かけられて万が一感染が広がってしまうと大変です。そうしたことを我々は危惧しています。
河端児玉教授に関しては、世田谷区民全員にPCR検査を実施するという話もありました。予算的なこともあって実現しなかったようですが。
尾﨑予算だけではなく、課題はいろいろありましたね。加えて地域住民に一斉に検査を行っても正直効果は薄いと思われます。PCR検査は数も大切ですが、もっと効果的に検査を行うことが必要なのです。
PCR検査で優先すべき3つの目的とは?
河端PCR検査を行う目的にもいくつかパターンがあるのですか。
尾﨑今、優先すべきPCR検査は3種類だと考えます。まずは「診断に必要なPCR検査」。医師が診察して「検査が必要だ」と判断したケースです。東京は唾液による検体の採取ができるようになり、より安全な検査が実現されました。検査が受けられる拠点も東京都が集合契約で医師会を介して結んでいる数が1100カ所近く、直接個人が東京都と契約している数で500カ所前後、それと病院自体がもともと行政検査として行っていたのが110カ所程度あり、合計すると約1700カ所にまで拡充されています。目安は人口1万人に対して1カ所と言われているので、人口1400万人の東京で言えば1400カ所、つまり計算上は東京では検査態勢が整っていると言えます。ただし日本全国で見ると、まだ感染の疑いのある人でも検査を受けられないケースがかなりあります。こうした診断に必要なPCR検査を全国的に行える環境を用意することが急務なのです。
河端感染者数の違いはあるにせよ、PCR検査にも地域格差が生じているのですね。
尾﨑次に必要なのが「公衆衛生のためのPCR検査」です。一時期、夜の街として新宿の歌舞伎町をはじめ、「エピセンター」の存在が取り上げられました。そうした感染拡大の恐れがある場所は補償を用意して休業要請するのがベターだと思いますが、その際に徹底してPCR検査を行うのです。例えば対象が1万人いれば、1日1000件として10日間で全員分の検査ができます。その間はもちろん全員隔離して、人との接触を断ちますから、検査がすべて終わる頃には感染力も弱まり、結果として感染の広がりを抑えられます。
河端検査できる拠点が都内1700カ所もあれば、1日1000人分のPCR検査は十分可能だと思えるのですが。
尾﨑ところが公衆衛生的な検査は、診断に必要な検査ではないので、我々医師はなかなか動けません。厚生労働省で定める管轄とは異なるからです。その代わりと言っては何ですが、例えば今や研究が進んでいる大学では、1000件規模でPCR検査が行える設備が整っているところがいくつもあります。そこで対応できれば良いのですが、今度は文部科学省が自分たちの管轄ではないと言い張るわけです。
河端菅首相がおっしゃるところの「縦割りの弊害」ですね。
尾﨑そして3つ目が「社会経済を動かすためのPCR検査」です。例えば「Go To トラベル」で旅行をするのであれば、新幹線や飛行機に乗る前に検査を受けられるようにすべきです。陰性だからと言って100%安心とは言えませんが、やらないよりは絶対にやった方が良いと思います。
河端PCR検査の精度の信頼性は約7割と聞いています。
尾﨑そうですね。一般的に7割程度と言われていますが、現場の試薬の調整や管理もしっかりしてきましたので、今は8割から9割は信頼できると思います。
河端偽陽性はまだしも偽陰性は怖いですよね。陰性と聞くと安心して大胆に行動してしまう可能性もありますから。
尾﨑確かに新型コロナ感染者の約4割は無症状の人からうつったと言われますから余計に怖いですね。とはいえ、どのような検査でも100%はありえません。検査結果は参考にしつつ、たとえ陰性であっても引き続き人にうつさない最低限の注意を継続することは必要です。実はインフルエンザの検査も精度は6割から7割でPCR検査と大差ありません。それでもインフルエンザについてはあまり報道されず、新型コロナの精度ばかりが問題視されることに少し違和感があります。例えばうちの病院に急に39度の熱が出て、ひどい筋肉痛がするという患者さんが来て、インフルエンザの検査で仮に陰性が出た場合、「検査は陰性でも症状を診る限りインフルエンザだと思うので、しっかり休んで治しましょう」と伝えます。検査結果だけを見て、簡単に「大丈夫です」とは言えませんから。
コロナ対策における国の役割と地方の権限
河端まだまだ予断を許さない状況は続くと思いますが、ここまでのコロナ対策を振り返って感じることはありますか。
尾﨑第1波の4月から5月にかけてのピーク時は1日100人から200人の感染者が続いていました。そして政府は明言しませんが我々は「第2波」と呼んでいる現在も200 人前後で推移することが多く見られます。ただし現在は4000件から5000件のPCR 検査を行っているのに対して、4月はせいぜい1日200から300件程度でした。その中での200人の感染者ですから、状況は全く異なります。当時は医療現場も感染の全体像が掴めず、ひたすら日々の対応に追われていました。
河端感染者が出始めた当初は、37.5度以上の熱が4日間続けば病院で受診という条件がありましたね。
尾﨑あの対策は、ある意味では正解だったと考えています。結果的に普通の風邪だった人が発熱1日目に大騒ぎして病院に押し掛けるような状況になれば、コロナの患者さんと混合して収拾がつかなかったはずです。しばらく様子を見て普通の風邪と違うことに気づいてから受診する流れは、医療崩壊を防ぐ意味でも必要なことでした。ただ一方で、発熱から4日間待ってからの診察になったため、重症や中等症にまで進む人が多くなってしまったケースは少なからずあったと思います。
河端全く未知のウイルスでしたから、医療現場にも相当のご苦労があったことは想像できます。
尾﨑ここに来てPCR検査も増え、治療時の対処も標準化しつつあります。当時はたとえ濃厚接触者であっても、発病していない人はPCR検査を受けることができませんでした。今は濃厚接触者は全員検査を受けられます。また治療面では中等症になってもレムデシビルやデキサメタゾン、あるいはアビガンなどの薬を上手く組み合わせることで、重症化を防ぐ効果を上げられています。感染者数は増えつつも重症者数あるいは死亡者数が抑えられている裏側には医療現場の進歩があります。
河端一方で今回のコロナ禍においては、地方自治体ごとの対策が知事の言葉などを通じて積極的に発信されました。自分たちが選挙で選んだリーダーがどう対処してくれるのかを実感できる良い機会になったと思います。
尾﨑それと同時に国と地方との連携の難しさも感じました。例えば人口1400万人で連日多くの感染者が報告されている東京と、長らく感染者が出なかった岩手とでは様々な面で環境が異なりますから、これを国が一律で感染対策せよと言ったところで破綻してしまいます。人口密度も違うし、繁華街の数や規模も異なるでしょうし、その対応策も違って当たり前。そのことからも各都道府県では知事が権限を持って、自分たちの地域に合った対策や判断を行うことが理想です。
河端その通りだと思います。
尾﨑最低限の共通項の整理と、万が一のときはこうするという法的整備は国がやるべきで、その中で自分のところはどう対処していくのかは各都道府県の知事に任せれば良いと思います。
河端国は大枠でのバックアップに徹するということですね。
尾﨑そうです。PCR検査数を増やします、補償はこうやります、いざとなったら法的手段を考えましょう、と安心して各地域が動ける体制を用意することが国のやるべき仕事のはずです。もう少し柔軟に国と地方が連携できれば良いと思うのですが。
多くの方々に伝えたいコロナ感染の真実
河端一時期は、夜の街関連の感染者数の割合が高かったのが、最近は感染経路不明者とともに家庭内感染の割合が高くなっています。これには読者の方々も非常に心配されていると思うのですが、尾﨑先生の見解を聞かせてください。
尾﨑家庭内感染ということは、誰かが家庭にウイルスを持ち込んだことになるわけですが、その件でぜひ読者の方にお伝えしたいことがあります。PCR検査で陽性になった人は保健所などで詳細を把握するために質問を受けますが、「どこのお店へ行きましたか?」「誰と行きましたか?」と質問されても、なかなか正直に答えない人が相当数いると思われます。答えると当然そのお店や同行者、さらにはその先にまで調査が入るため、多くの人に迷惑をかけてしまうのを恐れてのものです。このような実際には心当たりのある人も含めて感染経路不明者となります。
河端テレビなどで感染経路不明者が増えたと報道されると、どこでうつるか分からない恐ろしいウイルスだと感じますね。
尾﨑ただ私見ではありますが、実際に感染された人の9割ぐらいは飲食の場、特にお酒を伴う場所だったと考えて良いのではないでしょうか。感染リスクが生じるのはマスクを外して唾液が飛び交う場所ですから、飲食時が要注意です。ただマスクを外してもおとなしく食事をすれば飛沫の心配はありません。やはりお酒が入る会食で、気が大きくなり、声も大きくなって唾液も飛び交う。こういう状況を15分もやっていればかなりの確率で感染します。
河端なるほど。確かにそうですね。
尾﨑感染を広げないためにも、特に家庭を持っている人、高齢者と同居している人、教育や医療に関わっている人などは、ワクチンも有効な薬もまだない今の時代は、外での飲食はどうか我慢していただきたいのです。どうしても飲みたければ、ぜひ家で飲むようにしませんか。私もそうしています。
河端それはぜひ読者のご家庭でも徹底していただきたいですね。あともうひとつ、お子さんを持つ保護者の視点から伺うと、0歳から10代、さらには20代ぐらいまでの若い世代は感染者は出ても重症者はほとんど出ていません。これは若い人は重症化に関しては安心しても良いということですか。
尾﨑確かに統計上の数字を見ても「若い世代は感染しても重症化しない」ことは事実だと言えそうです。ただ小さなお子さんでも川崎病のように血栓を起こしたり、血管に変化が生じたりするケースはあります。また感染して味覚を感じなかった人が、完治したにもかかわらず味覚が戻らないケースも報告されています。こうした症状は死亡者や重症者の数には反映されません。つまり、命という意味では安心かもしれませんが、何かしらの後遺症が残る可能性はありますし、当然ながら若い人も感染しないに越したことはありません。風邪はひいても治れば何も残りません。インフルエンザでもそうです。ただし今回の新型コロナウイルスは通常の風邪とは少し違うと考えるべきです。何より若い人は感染しても無症状で自覚がありませんから、感染を広げてしまうリスクを背負っています。自分の親や祖父母にうつしては大変です。社会の中のどういう位置づけで自分たちが生きているのかを考えて行動してもらいたいと思います。
河端今回のコロナ禍で健康に関する国民の関心は一気に高まりました。そこだけを取り上げれば良かった点と言えるかもしれません。
尾﨑そうですね。特に日本人は手洗い、うがい、マスクをこれだけ徹底していますから、今年の冬はインフルエンザの大流行を防げることにも期待したいところです。またコロナに関して言えば、マスクをして外に出て、歩いたり運動したりする中で人とすれ違うだけでは、感染することはありません。スーパーなどでのショッピングも、ほとんどの人がマスクをして、入場時にアルコール消毒や検温を徹底していますから、まず感染の恐れはないと言えるでしょう。要は狭い空間でマスクを外すような場所を避けること。ポイントはそこです。そこさえ気を付ければ、普通に生活しても大丈夫です。あまり臆病になり過ぎずに、コロナと向き合いましょう。
予防医療にもつながる医者と患者との触れ合い
河端尾﨑先生の病院にも診察に来るというより、先生との会話が楽しみで来院するような患者さんもいるのではないですか。
尾﨑大勢いますよ。特にお年寄りの方ですね。最近はお年寄りの患者さんには、コロナが怖くてなかなか外に出たがらない人が結構います。でもお年寄りはずっと家の中にいるだけでは足腰が弱ってフレイル(高齢者が筋力や活動が低下し要介護状態に陥りやすくなっている状態)になってしまうので、そっちの方が怖いですよと伝えています。これまでの医師は病気を診断して薬を処方するのが仕事でしたが、これからは病気を治すだけではなく、病気にさせない予防のためにも注力すべきというのが持論です。そんな予防に貢献した医師に診療報酬が支払われるような体制になるといいですね。
河端それは素晴らしい考えだと思います。そのためには医者と患者とのコミュニケーションが欠かせませんね。
尾﨑最近は電子カルテを使い、検査結果もモニターで患者に見せるなど、最新機器による診療が増えつつあります。私は診療に聴診器を使いますが、若い患者さんだと「今も聴診器を使うんですね」と言われることもあります。心臓弁膜症のチェックも時代は超音波検査かもしれませんが、私は未だに音による判断です。便利で手軽ではあってもあまりに機械に頼り過ぎると、患者さんとの触れ合いの時間がなくなってしまう気がしているのです。
河端今は血圧も機械に腕を入れてボタンを押せば誰でも簡単に測定できます。
尾﨑私は今も患者さんの腕に手で巻いて聴診器を使って血圧を測っています。そして測りながら、「調子はどう?」「痛いところなかった?」などと対話するわけです。その対話の中から発見できることも数多くあります。ただ悪いところを見つけて、「はい薬です」で終わってしまう診療では少し寂しいですね。コミュニケーションが何よりも大切という信念でこれからもやっていくつもりですし、そのコミュニケーションの延長線上にこそ予防医療につながることがあると思うのです。
河端私も思うのですが、恐らく患者さんは自分でも改善すべき点は分かっているものの、それでもお医者さんから直接指摘してもらいたいのではないでしょうか。お互いのやりとりを欲しているのです。まさに先生のおっしゃるコミュニケーションの部分ですね。思えば学習塾の指導も同じかもしれません。勉強しなければならないのは生徒たちも分かっています。でも先生や親から勉強しなさいと何度も言われないとやらない。人間にはそういう心理があると思います。
尾﨑なるほど。患者さんも医者から言われた当日や翌日ぐらいは言うことを聞くのですが、しばらくするとすぐ元に戻ってしまいます。これも勉強と同じかもしれませんね。
河端そうですね。「勉強しろ」を繰り返してもなかなか効果は上がりませんが、ふと気分転換で一緒に散歩をしながら雑談するだけで、「先生、明日から勉強頑張ります」という気持ちになる生徒もいます。コミュニケーションが不足すると、人間の心のつながりなども一緒になくなってしまうのかもしれませんね。コロナ対策に加え予防医療の話といい、コミュニケーションの話といい、今日はいろいろとお話しいただきありがとうございました。先生の今後のさらなるご活躍に期待します。
尾﨑コロナで世の中が大きく変わりましたが、何かを変えるには良い機会と捉えて頑張ってまいります。今日はありがとうございました。
(対談日2020年9月24日)
尾﨑 治夫(おざき はるお)
1951年東京都生まれ。公益社団法人東京都医師会会長。おざき内科循環器科クリニック院長。1977年順天堂大学医学部卒業、医師国家試験合格。1979年同大医学部循環器内科学講座入局。1990 年東久留米市におざき内科循環器科クリニック開設。2002年東久留米医師会会長、2011年東京都医師会副会長を経て2015年から会長を務める。疾病予防に有効なたばこ対策と要介護を未然に防ぐためのフレイル対策に注力している。