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広報誌『学』Vol.16

PICKUP 対談
小池百合子小池百合子氏
瀬藤光利瀬藤光利氏
三浦瑠麗三浦瑠麗氏
河端真一 × 小池百合子
コロナ禍に見えてきた日本人特有の学びの姿勢
河端今日、まず最初にお聞きしたいのは、やはり今回の新型コロナウイルス対策についてです。もちろん東京でも感染者は出て、犠牲になった方もいらっしゃいますが、ニューヨークやロンドン、パリなどと比べて、同じ大都市であっても、比較にならないくらい被害は小さかったわけです。もちろん、まだ終わったわけではありませんし、これからもいろいろあるとは思いますが、ここまでの中間総括として、知事は何が良かったとお考えですか。
小池私自身、外出自粛やお店の休業要請などお願いベースしかできない中で、とてももどかしさは感じました。他の国を見ていましたら、フランスでは外出許可のための許可証が必要で、忘れて外出すると罰金を払わされるなど、かなり厳しい対処をされています。一方で日本はそのような法律もなく、私的な行動を国が抑えることも、制限することもしないわけです。ところが、そのお願いベースでありながら、これだけみなさまが応えてくださった。みんなで守らなければならないことを、一人ひとりが「行動しない行動」を実直に守ってくださった。それが何よりも大きかったと思います。
河端知事も毎日のように情報を発信されていましたが、本当に気苦労等も多く大変だったこととお察しします。
小池緊急事態の時ほど、しっかりと情報を伝えることが大切です。例えば「3つの密」や「ソーシャルディスタンス」など、耳慣れない言葉が、あっという間に世間に定着し、子どもでも「ソーシャルディスタンス!」と覚えてくれた。こうした日本人特有の学びの姿勢には、敬意を表するばかりです。
河端それも知事の発信力の賜物ではないでしょうか。そういえば最近は海外でも「3密」が使われているそうですね。
小池「Closed spaces」「Crowded places」「Close-contact」の3つのCで「Three Cs(スリー・シーズ)」と言われているらしいですね。
河端先ほども申しましたが、東京は世界の大都市に比べると被害が少なく、私も一都民として誇らしいですし、安心することができます。
小池先程の「行動しない行動」ともつながりますが、5月の緊急事態宣言が解除されたあと、もっと人の流れが急激に増えると予想していました。しかし、みなさん自己防衛と言いますか、慎重かつ真剣に考えて行動され、心から素晴らしいと思いました。
河端本当にそうですね。
小池今、東京都では「新しい日常」を訴求しており、「こういうかたちでどうでしょうか」「こうすればかえってお子さんにいいですよ」など、できるだけ具体的にイメージできるようご提示したいと考えています。これまでになかった新しいものを提案する絶好の機会だと捉えています。
河端まさに「新しい日常」を取り入れるべく、国民一人ひとりが、いろいろなことを考えて行動するようになりましたね。弊社でも職員には「隣の人ともメールでやりとりせよ」、「筆談でコミュニケーションをせよ」とまで言いました。教室では教師はシールドをつけてマスクもしていますし、もちろん生徒も私語厳禁で、教室の外で友だちと話すときは、下敷きを口に当てて話をしてもらうなど、感染予防に努めています。みんながいろいろ工夫もし、かつそういうところでお互いの関係性がより深まっていく部分もあると感じています。
第二波に備えるための キーワードは「キャパシティ」
河端東京都のこれからの感染対策について、知事が一番大切だと思われていることは何ですか。
小池「今、何をすべきか」を考えますと、キーワードは「キャパシティ・容量」ですね。能力とでも言いましょうか。キャパシティにもいくつかありまして、「病院のキャパシティ」「人材のキャパシティ」「保健所のキャパシティ」など。以前、感染者や陽性者が倍々で増えていた時期は、現場は正直混乱しました。これらのキャパシティをあらためて確認し、平常時は通常の人材配置をしますが、緊急時にはサッと結集し、キャパシティをみんなでカバーし合い、対応できる体制を徹底する。これらをもって「第二波に備える」ということです。
河端先を見越して動くわけですね。
小池1918年に発生したスペイン風邪ですが、第一波と第二波を比べますと、第二波の方が大きな被害をもたらした歴史があります。今回の新型コロナウイルス対策のために休業要請を出しましたが、「もう1回感染の波が来たら勘弁してくれ」という方々が多くいらっしゃることでしょう。一方でそれに対する財政面もかなり厳しい現実があります。まずは第二波を来させないこと。そして第二波に備えて、しっかりと対応できる準備を整えること。今はそういう備えを確実にする時期だと思います。例えば学校にしても、今回は手探りの状態で分散登校や時差登校を行いましたが、それらを定型化し、いざというときに慌てずスムーズに移行できるような体制を整えたいですね。
河端我々は自粛という初めての経験をしたわけですが、あのとき「国民の団結」や「地域の団結」というものが、もう一度見直されたような気がしました。自粛警察なんて少し行き過ぎた側面も出ましたけれど、それでもみんなで協力して一旦は苦難を乗り越えたという経験と自信は、今後に向けて大きいと思います。
小池それは本当にすごいことです。感染症の陽性者数は一人ひとりの行動がすべて集結し、その結果として、2週間後の数字が出ます。とてももどかしさを感じます。今日出ている数字は2週間前の結果ですから。「みんなでがんばりましょう」と言っても、その結果が出てくるのが2週間後。このタイムラグがなかなか厄介ですね。
河端テレビの報道を見ていて感じたことがあります。もちろん都知事は毎日メディアに登場されていましたが、今回は東京都以外の各道府県の首長の方々も、かなり積極的にテレビに出演されていた印象です。通常はテレビで報道される内容は国会のこと、つまりは国基準のことばかりになりがちですが、今回は地方自治体の首長の方々が、それぞれの地域ごとの状況を発信してくださり、しかもそれらの取り組みが個々に違うなど、我々も見ながら、あれがいい、これがいいといろいろと考えることができました。これはとても良かったと思います。
今後オンライン授業は 学習塾に定着するのか?
小池ところで自粛期間中はどのように学習の場を提供されていたのですか。やはりオンライン授業などを活用されたのですか。
河端私たちは教師が授業する様子を撮影した映像授業も配信しましたが、同時に双方向のライブ映像授業も Zoom を活用して行いました。双方向ライブでは、生徒は自宅に居ながら教師や友だちともコミュニケーションが取れ、通常の対面授業同様の感覚で学べたようです。また配信される映像授業は、繰り返し何度でも見られるので、理解の足りない部分の復習などに有効活用していただきました。ena では「ダブル映像授業」と謳って展開しておりましたが、おかげさまで保護者の方々にも好評をいただきました。
小池河端真一 × 小池百合子すべての学習塾がオンライン化をスムーズに行えたわけではありませんよね。
河端そうですね。オンラインに切り替える決断が遅れた学習塾は厳しい状況だと思われます。ただオンラインへの対応と言っても、結局は Zoom を活用することが多かったので、自分のところの技術開発などは基本的に必要なかったはずです。ですから技術面というよりは、環境面や経営面などにおいて、すぐに対応できたところと、そうでないところで差が生まれたのではないでしょうか。
小池ちなみに映像授業と教室での対面授業では、子どもたちの学習の理解度や集中力も違ってくるのでしょうか。やはり直接顔を合わせないと伝わりにくい点もあると思うのですが。
河端確かにそれは感じますが、生徒によっても異なります。時間を有効に使って、自分で勉強を進めることができる生徒がいる一方で、初めてのオンライン授業で戸惑う生徒もいたかと思います。
小池そうですね。日本は「オンライン」で言えば、他国から完全に周回遅れでしたから。
河端教育業界はもちろん、ビジネス面でも、オンライン化やリモート化がなかなか普及しませんからね。
小池そもそも日本は国土が広くないところに、新幹線などをはじめとした交通網が発達し、国中がキュッとコンパクトに感じられますので、ついつい実際に会って会議をする文化が当たり前になったのでしょう。でも思えばグローバルに展開している企業は、そうした対象が世界中に広がっており、リモート会議やオンラインでの営業も日常なのですね。その点、特に教育業界は一番遅れていたのかもしれません。
河端おっしゃる通りです。今回のことが、ある意味で大きな機会となり、一気に業界のオンライン化が進んだと思います。
小池こうなると、もう一種の「革命」ですよね。世界的には既に教育のICT化が進んでいるわけですから、今の状況は、日本の教育が世界に追いつくチャンスなのかもしれません。
河端河端真一 × 小池百合子今回、保護者様の多くが、最初は映像による授業を不安に感じていらっしゃったと思います。それがやってみると「これはいいぞ」と。また一方で教師の方も初めてのことばかりで不安一杯からの取り組みでしたが、やってみると生徒や保護者との距離がむしろ近くなったとの声も聞かれたのです。例えばパソコンの画面には生徒の顔が映っていますが、その後ろで保護者様が授業を見られているケースも当然あります。そのことは我々の授業のやり方や教育の在り方などをご理解していただける良い機会だと考えるべきなのです。中には後ろのソファに座っていた保護者様から質問があり、それに答えた教師もいたようで、それでコミュニケーションがより深まったらしいです。
小池それは素敵なエピソードですね。オンライン教育はこれからも発展させていく必要があります。また今回の件で、日本の教育にも急速に定着していくのではないでしょうか。
河端国の方でも生徒1人に1台のコンピュータ端末を用意したり、高速通信ネットワークを整備したりするなどの施策が進められていますね。
小池GIGAスクール構想ですね。
河端こうした動きは学校がメインで語られることが多いですが、学習塾も同じだと考えています。STEP2の休業要請が明けた月日から早速、我々も教室での対面授業を再開しましたが、「引き続きオンライン授業もやってほしい」との保護者の方からの声も多く、映像授業は引き続き視聴いただけるようにしていますし、夏期講習会の特別講座では Zoom を用いた双方向授業も開講予定です。
都立中高の受験に「規制緩和」を
河端今日は知事にぜひともお願いしたいことがあります。
小池はい、何でしょう。
河端enaに通う生徒のほとんどは都立中高の受験を考えています。つまりenaの教職員、そして生徒諸君、保護者様のほとんどが「都立」に関心を寄せているわけです。そんな我々の希望は、都立中、都立高の入試において、ぜひとも「規制緩和」をしていただきたいということです。
小池規制緩和と申しますと?
河端今、都立中や都立高の受験には、内申書の成績が合否に関わってきます。この部分が受験勉強を毎日必死で頑張っている側からすると、少し納得できない点なのです。小中学校の生活や成績が重要であることを否定しませんが、純粋に「入試当日に向けて受験勉強を頑張った成果が問われる」ようにしていただきたいのです。私立中や私立高、また国立大附属中高も受験は試験当日の点数による「一発勝負」。それが都立中高に関してはそうなっていないのが現実です。例えば大阪の北野高校や、京都の堀川高校など、京都大学にものすごい数の合格者を送り込む学校があり、つまりはそれが府民の財産とも呼べる流れになっています。もちろん東京にも日比谷高校や小石川中等など、素晴らしい都立校がありますが、まだそこまでの域には達していません。東京大学への合格者数で言えば、上位は開成、麻布、桜蔭と私立が中心になってしまいます。こうしたことの裏側に、内申点制度の弊害が出ている部分もあると思うのですが、そうした規制緩和は難しいのでしょうか。
小池東京都の教育委員会では、都内における教育の在り方をより良く充実したものにしていくべく、最近では AI関連の勉強会をはじめ、さまざまな施策を検討しています。その中で各界の方々からもご意見をいただいておりますが、今、最も重視しているのは、スタンダードをどうやって上げていくのか。また別の話としては定員に満たない学校もある現実をどうしていくのか。主にそういった点を考えているところです。ましてや私立高校の実質無償化によって、少なくない数の都立高が生徒募集に苦労している現実があります。そこをどう盛り立てていくのか、それが目下の都としての重要課題です。
河端河端真一 × 小池百合子確かに生徒募集は都立だけでなく私立にとっても大きな問題です。山手線の内側にも数多くの私立中高がありますが、一部の有名校を除いては、募集に苦しんでいる学校が多いのが実情です。定員100人に対して10人や20人しか応募がない学校もあるほどです。
小池都立では昨年度、日比谷高校が二次募集を行いました。日比谷を辞退する人が出たことに少なからず驚きました。
河端日比谷高校の二次募集の件には、いろいろな要因があったとされていますが、我が学習塾業界も大きく関係していたと考えられます。あくまでも「enaは違いますよ」と明言したうえで申し上げますが、例えば、早稲田や慶應などの私立を第一志望とする子は、本来は志望校に合格した場合は都立高は受験しませんよね。ところが学習塾は、どうしても日比谷合格の実績がほしいので、私立に合格していても生徒に受けさせるわけです。早慶に合格できる学力があれば、日比谷に合格できる生徒が何人もいたでしょう。
小池それで多くの辞退者が出たわけですね。
河端ただ、この対処法は簡単です。第一志望の私立高に合格し、都立高に入学する意思のない人は都立高を受験しないようにと、知事にはっきり言っていただければ、この問題は解決すると思います。
都立中学・高校・大学は 都民共有の「財産」
河端河端真一 × 小池百合子ここまで都立中、都立高のお話をさせていただきましたが、今年名前を変えた東京都立大学に関しても思うことがあります。
小池はい、ぜひお聞かせください。
河端秋田県の国際教養大学が一時、偏差値で東大並みと言われていました。それはなぜかといえば、非常にシンプルで、「全寮制」「授業は全て英語」「1年間の海外留学」という特色による価値の向上でしょう。そう考えれば、外野からの意見となりますが、都立大学も一気にそういう改革をされることで、それこそ東大をうかがうような、東京にふさわしい国際化した大学になるのではないかと思うのですが。
小池私も都立大学に関しては、さらに国際色豊かな取り組みを積極的に進めてほしいと考えています。数々の世界的な大学ランキングがありますが、そのランキングには国際的な取り組みがかなり影響するらしく、中国の清華大学やシンガポール国立大などが東大よりも上位にランクインしているのもその差が大きいようです。激化する国際競争化社会の中で、都立でも中学、高校、大学を問わず、もっと独自の特色を出していくことは必要でしょう。
河端都立中も都立高も都立大も、都民共有の財産だと思います。一都民としましては、それがもっともっと素晴らしくなればうれしいことです。そう考えれば、先程の都立中、都立高の規制緩和の件も、もしかすると多くの学校は今までと同じやり方のままにして、上位校の1校か2校だけの対応で良いのかもしれません。まずは出来る部分から対応していただければ幸いです。何と言っても「都立」の強さは、お金がかからないところです。例えば「高い学費を払わなくても東大に入れる」という本当に力のある学校が、都立から1つでも2つでも出てくれば、保護者様もとても喜ぶのではないかと、我々学習塾の立場からも思います。
小池大変貴重なご意見です。
河端いろいろ要望ばかり申しましてすみません。ぜひともよろしくお願いします。
小池現場のご意見をうかがうよい機会となりました。
河端さてenaは、私が学生の頃に始めた小さな学習塾がはじまりですが、もうすぐ創立50周年を迎えることになります。
小池河端真一 × 小池百合子おめでとうございます。50年とは、ずいぶん多数のena出身の方々が広く社会で活躍されているわけですね。
河端そうですね。卒業生はたくさんおり、今でも慕ってくれる人がたくさんいて、そういう意味では大変幸せだと思っております。これからも教育の面で生徒をしっかり指導してまいりたいと考えています。本日は本当にありがとうございました。
小池こちらこそありがとうございました。
(対談日2020年6月13日)
小池 百合子(こいけ ゆりこ)
1952年兵庫県生まれ。東京都知事(第20代)。カイロ大学文学部社会学科卒業。アラビア語通訳者、ニュースキャスターを経て1992年に初当選、参議院議員となる。その後、衆議院議員、総務政務次官、経済企画総括政務次官、環境大臣、内閣府特命担当大臣、防衛大臣、自由民主党総務会長、都民ファーストの会代表、希望の党代表などを歴任。著書に『女子の本懐 ~市ヶ谷の55日~』(文春新書)、『ふろしきのココロ』(小学館)など。
河端真一 × 瀬藤 光利
制裁なき自粛への協力は 日本人の国民性が関係?
河端瀬藤先生には医療のこと、教育のことなど、いろいろとお聞きしたいことがあるのですが、まずは今回の新型コロナウイルス感染拡大に伴う一連の流れについてお聞きしたいと思います。まだまだ第2波、第3波の恐れもあると言われているところですが、現段階の総括としてどのように見ていらっしゃいますか。
瀬藤日本政府の対応はもちろん完璧とは言えませんが、他国との比較から見ても、結果的には一応の評価はできるのではないでしょうか。特に一番恐かったのは、上から「こうしなさい」と言われても誰も言うことを聞かないことだと思うのです。実はそうしたことが他の国では起こっています。例えばロックダウンを命じても国民の一部がじっとせずにロックダウン反対のデモをする。軍隊に「デモを鎮圧しろ」と命じても今度は軍隊が何もしない。これは一種のクーデター、革命ですよね。
河端ほう。革命ですか。
瀬藤良くも悪くも社会には上下関係があり、上の言うことを下が聞くことで秩序が成り立っている部分がありますよね。それが上から納得の行かない理不尽な要求ばかり押し付けられ、それが続くと下が反発して言うことを聞かなくなる。それはまさに体制の崩壊です。
河端今回の自粛要請などは正に上からの指示という形ですね。ただし日本は法律で縛れないので違反への制裁もなく、政府からの「お願い」ベースでした。それでも結果としては国民のほとんどが自粛要請に協力しました。
瀬藤要請であって命令でないので、みなさん恐らく本当にギリギリのところで踏みとどまった感じではなかったでしょうか。これが命令だと反発がもっとすごいことになっていたのでは。飲食店など自粛されたことで生活が大変になられた方も多くいらっしゃったはずですし、一方で我々医療業界のように普段の何倍もの労力が必要になって心身ともに疲れ切っている人たちもいます。この状況がもう少し長引いていたら、日本もどうなっていたかわかりません。まだ終わってませんが。
河端そうですね。今回は少し騒ぎ過ぎだったとの思いもあるのですが、その一方で飲食業界や医療業界など、大変な思いをされた方々に偏りがあったとも感じています。とはいえ多くの日本人が自粛要請、ステイホームに協力したわけで、これはすごいことです。
瀬藤もともと何かをさせることは難しいですが、何もしないままでいさせることは比較的容易な部分もあったのでしょうね。
河端なるほど。一般的に内面的で積極的な行動が苦手な日本人の国民性にも合っていたのかもしれません。
瀬藤先程、騒ぎ過ぎだったとのお話がありましたが、その経験を生かすことで、もし第2波が来たとしても次はもう少し冷静になって物事の判断をできると思います。それと新型コロナで大騒ぎしたことで、多くの人の日常に手洗いやうがい、マスクが定着し、何より外出が減ったことで、インフルエンザの患者や、特に小児科にかかる子どもの患者が極端に少なくなっているようです。過剰なほどに警戒したことが、日本の感染者や死者の数が少なかった要因のひとつであることは間違いないと思います。
オンライン授業や会議は今後も残していくべき
瀬藤新型コロナウイルスの影響といえば、学習塾の運営も大変だったのではないですか。
河端業界全体で見れば、かなり影響を受けた学習塾も多かったと思います。我々enaは、いち早く映像授業を取り入れることで対応しました。都内に約200校舎あるのですが、すべての校舎を対象に映像授業の配信も行いましたし、同時に双方向のライブ授業も実施しました。ずっと学校に行けていない子どもたちでしたので、画面越しとはいえ、友だちの顔が見られ、会話もできてうれしかったようです。保護者の方々からも感謝の言葉を多く頂戴しましたし、授業を止めずに、結果的には良かったと考えています。
瀬藤浜松医科大学でも授業は基本 Zoom によるオンラインで行いました。4月の新年度からずっと授業を止めていません。確か東海地区で休校にしなかった大学は他になかったと思います。しかも医学部の場合は実習が必須ですが、その実習もしっかり大学に来てもらって実施しています。もちろん感染予防の対策はしっかり徹底したうえで行っています。
河端各地で院内感染などの報告もされているなか、感染予防にかなりの自信がないとできないことですよね。素晴らしいです。
瀬藤学長も地元の新聞社から取材を受けていましたが、私自身も教育を止めずに取り組めたことは誇りに思っています。
河端それにしても、「オンライン」というのは本当に便利なシステムだと思いました。
瀬藤我々の業界は会議やミーティングがどうしても多くなりがちですが、ステイホーム期間はほとんどZoom で行っていました。移動がないので本当に楽でしたし、何より時間が作れます。移動制限が解除された後も、この効率の良さは続けていきたいものです。
河端河端真一 × 瀬藤 光利我々も通常の対面授業が戻ってきましたが、引き続き映像授業は残していく予定です。現に保護者の方からのご要望もありました。教育業界はオンラインなどのIT化が遅れていると言われますが、これを機会に積極的に活用していきたいです。
瀬藤教育業界の話題といえば、9月入学の是非も問われました。
河端9月入学に関しては30年以上前に、中曽根康弘内閣の臨時教育審議会で何年もかけて議論を繰り返して「移行すべき」と判断されたにもかかわらず、その後動くことはありませんでした。上の決定に誰も従わなかったので、ある意味これもひとつの革命だったのかもしれません。ただ私も当時のことを見ているので、今回この程度の議論では世論は動かないと思っていましたが、その通りでした。
瀬藤世の中のしがらみが当時よりさらに複雑になっていますから、簡単にその仕組みを変えるのは難しそうに思います。
まだまだ未知のウイルス。これからも注意が必要
河端では医学的な視点からいくつかお聞きします。6月に東京都で抗体検査が行われて0.1%、つまり1000人に1人が感染していたとの数字が発表されました。一般的な感覚だとかなり少ない数字だと思えますが、いかがですか。
瀬藤新型コロナウイルスに特異性の高い抗原に対する抗体ということで調べると、日本の感染者数と照らし合わせてもそのくらいの数字かなと思う部分はあります。新型ではないこれまでのコロナウイルスも存在するわけで、それらと交差する特異性の低い抗体だとどうでしょうね。最近の米国からの研究で、従来のコロナウイルスに対する細胞性免疫がある人が新型にかかりにくいもしくは軽症であることを示唆するデータも出てきました。その辺りが影響していることも考えられます。とはいえ、新型コロナウイルスに関しては、これから解明されることが多く出てくるでしょうから、あくまで現時点での学説の一つではありますが。
河端最終的に我々にとってはインフルエンザのような存在になっていく感覚でしょうか。
瀬藤そうですね。これから研究が進み、詳しくわかればわかるほど、他のウイルス同様に人々の日常のなかで付き合っていく病気のひとつになっていくのでしょうね。
河端そういう意味でもとにかく早く必要なのがワクチンですね。日本でも大阪大学で独自の研究が進められると話題になりましたが、世界中で研究、開発が進められています。いつごろ完成するのでしょうか。
瀬藤完成の時期は正直わかりません。ただし日本はもちろん、ヨーロッパ、アメリカ、さらには中国などの国においては、ワクチンの開発は数年内に確実に成功すると思います。公衆衛生は国の重要な対策のカテゴリーに位置付けられ国防とも直結するため、どの国でも政府との強い結びつきのもとで進められるのが常です。今回のように国民全体にいきわたるほどの量の製造が必要になったときには政府主導で公的機関や企業を動かす場合が出てきます。大量のワクチンを日常的に生産している経験や設備が必要ですので対応できる国もインフルエンザワクチンなどで経験がある国に限られることになるでしょう。
河端日本もワクチンづくりにはリーダーシップを発揮するのかもしれませんが、新型コロナウイルスへの対応では、政府なのか、各首長なのか、専門家会議なのか、誰がイニシアティブを取るのか見えづらかったですね。
瀬藤確かに誰も体験したことのない未知との戦いでしたからね。誰もが責任を取りたくないというのか、人間の自己防衛本能というのか、少しでも安全な方へ向かうようにみんなが手探り状態で慎重に事を運んだ感じでした。ある意味、仕方のないことだったのではないでしょうか。正解が全く見えず、リーダーシップを発揮しづらい環境ではあったと思います。
河端結局日本の感染者や死者の数が少なかった要因もはっきりしていません。
瀬藤日本の清潔な環境が死者の少ない要因との説もありますが、実は人口当たりの死者の数は、日本、中国、韓国だけでなく、スリランカ、ブータン、ベトナムもほとんど変わりません。欧米に比べてずっと少ないのです。申し訳ないですが、スリランカやブータン、ベトナムが日本ほど清潔かと言われると、現状そうではありませんよね。本当にまだ見えていないことが多いウイルスなのです。
健康の定義も人それぞれ。自分の体を知ることが大切
河端ぜひ「健康」をテーマとした話題にも触れておきたいと思います。例えば温泉は体に良いと言われますが、最近皮膚科の先生に温泉で皮膚が荒れることもあるとお聞きして、少し不安になりました。そういうこともあるのですか。
瀬藤それは一概に温泉がダメというより、泉質と肌が合わなかった例だと思います。温泉の成分は種類が豊富ですから、刺激が強すぎる成分だと肌の弱い人は肌荒れを起こす可能性はあります。
河端体を温めて血行を良くするだけなら家のお風呂と変わらないと思いますが、やはり温泉には温泉ならではの効能があるということですか。
瀬藤実際に硫黄泉に含まれている硫化水素には強い殺菌効果があり、昔から感染症の治療に使われてきました。一方で硫黄泉の強い刺激は肌の弱い人にとっては負担になることもあるでしょう。自分の体のことを知り、温泉の成分を調べたうえで、ゆっくり楽しむのが良いのではないでしょうか。
河端温泉だけではなく、世の中には「健康」に関するアイテムが山ほどあります。最近ではサプリメントなども代表的です。それらは薬とは違うわけですが、医療にかかわるお立場からはどのように見えているのですか。
瀬藤いろいろな意見があるのかもしれませんが、私は健康のための選択肢は少しでも幅広く用意しておけば良い、目くじらを立てない、というスタンスですね。例えば温泉が大好きな患者さんにその人の選好をはなから否定してしまうと信頼関係を損ねかねません。そうするとこちらが本当に飲んでほしい薬を拒否される可能性も出てきます。それこそ革命を起こされては困ってしまいますから。もちろん治療に完全に悪影響が出るものはダメだと伝えますが、人間関係、信頼関係を築くうえでも相手を尊重したいですね。
河端河端真一 × 瀬藤 光利なるほど。参考になりました。では最後に、日本は今後どのようにコロナ禍を乗り越えていくべきだと思いますか。
瀬藤いかに社会をバージョンアップさせていくのか、そういう前向きな思考で先に進むべきだと思います。新型コロナウイルスの第2波、第3波に備えると言っていますが、もしかすると全く違うウイルスに襲われる可能性も否定できないわけです。今回のことをしっかり振り返り、日本の社会全体がもっと柔軟に有事に備えられるようバージョンアップしなければなりません。またそれができるのが日本という国だし、我々日本人だと思っています。
河端本日は本当にありがとうございました。
瀬藤ありがとうございました。
(対談日2020年6月26日)
瀬藤 光利(せとう みつとし)
1969年香川県生まれ。浜松医科大学医学部細胞分子解剖学講座部門教授・医学博士。東京大学医学部卒業後、同大学院、同助手、自然科学研究機構助教授、准教授を経て現職就任。また2016年から国際マスイメージングセンターのセンター長となる。2015年には日本顕微鏡学会から瀬藤賞を受賞するなど、受賞歴多数。著書に『質量顕微鏡法』(シュプリンガージャパン)がある。
河端真一 × 三浦瑠麗
緊急事態の対策には複数のシナリオが必要
河端今日は「教育」はもちろん、新型コロナウイルスをはじめとして、今、世の中が抱えている様々な問題について鋭いご意見を頂戴したいと思います。まずは、やはり新型コロナウイルスに関してです。6月に厚生労働省が東京都を対象に行った抗体検査で陽性率0.1%という数字が出ました。この数字を見てまず思ったのが、本当に「パンデミック」だったのか、あそこまで徹底して経済活動を止める必要があったのかということです。それについてはどう思われますか。
三浦世界的流行という意味ではパンデミックであるとの認識は間違いないと思います。ただ欧米とアジアでは、明らかに感染者数にも死者数にも地域差が見られました。遺伝子や免疫など様々な要因についての研究が進められていますが、いざ日本国内で考えれば、結果論として多少オーバーリアクションであったと感じます。緊急事態宣言の1ヶ月延長も経済活動を阻害し、経済的ダメージによる自殺者をかえって増やす可能性があります。
河端その背景に「8割削減」という言葉が独り歩きしたことが挙げられると思います。
三浦緊急事態における政府の要請でしたから、国民は最大限従いました。8割削減が第二波においても必要なのかどうかは真剣に検討する必要がありますね。私は、4月に伝えられた「何もしなければ死者42万人」というイメージが暴走してしまったと感じています。確かに基本再生産数を2.5と置き、誰も消毒や手洗いなどの対策を一切せず、さらに武漢の高い致死率を基に計算した場合、最悪42万人の死者という数字が出るのは理解できますが、何も対策をしないということはあり得ない。私たちが感染予防に取り組み、特に高齢者の方々を守ろうと意識すれば、死者を減らすことは当然できるはずです。しかし、実際に伝わったイメージは前提を省いた最悪シナリオの現実味だけで、感染者に対する社会的制裁まで生んでしまった。社会的な視点に立って情報発信をしていただきたかったと思います。
河端なるほど。情報が一方的過ぎたと。
三浦はい。そのうえシナリオを複数持っていないことも問題でした。例えば専門家会議では、実効再生産数を1.4、1.7、2.0と段階の仮定をおいていましたが、このように複数のシナリオを用意しておくのは当然のことです。それが「死者42万人」の際は最悪のシナリオだけの情報発信でした。複数のシナリオを持ち、最悪の場合「も」想定すると同時に、介入のコストを知っておく必要があります。
河端今回は専門家会議にしても厚生労働省中心で進められました。しかし、文部科学省もあり、その傘下の大学にも医学部があり、それぞれ専門家が多くいたはずですが、そういった方々の意見は、ほとんど伝わってきませんでした。官庁の縦割り意識のようなものを感じたのですが。
三浦まさにその通りだと思います。もっと様々な見地から意見をぶつけ合える専門家を集めるべきです。限られた分野だけの専門家が揃っても複数のシナリオを作ることはできません。これは戦前の日本の軍部にも見られた日本の特徴的な構造です。米国に対して総力戦を仕掛ける際、陸軍省戦争経済研究班の人たちが試算したシミュレーションでは「長期戦になれば敗北する」との結果が出ていたのですが、参謀本部は真摯に耳を傾けませんでした。総力戦研究所の研究成果も活かされなかった。つまり、民間や官公庁の一部に良い意見があっても、政策決定プロセスに活かされなければ意味がないということです。各界の知識をもっと集約し、それを尊重しないと。人の命にかかわることですし、ひとつの部局だけで作戦を立てるのは危険だと思いますね。
日本のIT化が世界から遅れた理由
三浦緊急事態宣言中、私が実体験として困ったのは学校でした。小3の娘がいるのですが、結局3月1日から5月いっぱいまで休校で、6月に登校が再開しても隔日登校。生活リズムを取り戻すのも大変ですが、何より勉強の遅れが心配でした。
河端こうした問題は学校だけではなく、我々学習塾も同じです。塾によって対応も分かれました。我々enaでは映像授業の配信を行いつつ、同時に Zoom を使った双方向のライブ授業も実施しました。約200校舎ある都内すべてのクラスでライブ授業をすると、生徒たちは画面越しにでも友だちの顔が見られて、会話できたことがうれしかったようです。
三浦私も仕事をしていますので、娘にずっと付きっ切りで勉強を教えるのも難しく、こうした有事には学校でもオンライン授業などで対応していただきたいですし、学習塾もそういった面でサポートをしていただければ心強いです。
河端今回はっきりとわかったのは、日本はオンライン教育、オンライン医療、リモートワークなどネット利用が世界の標準から圧倒的に遅れている事実です。何となく日本人は、日本という国は経済的に発展し、科学技術も進んでいると信じていたと思います。しかし、実は肝心な部分で遅れていて、学校ではオンライン授業すらまともにできない。日本の本質的な弱さが露呈したのではないでしょうか。
三浦そう思います。コロナ禍の中で他の国の教育がどのように行われているのかをニュースで見ましたが、日本との大きな差に愕然としました。初等教育や中等教育でこれだけ差がつくと、もう追いつけないのではないかと、親としては心配です。
河端日本のIT化が世界から遅れてしまった理由は何なのでしょうか。
三浦河端真一 × 三浦瑠麗やはり90年代後半、世界中が「ドットコムバブル」に沸いていた時期に、日本はバブル崩壊の後始末でどの企業もIT化に投資できなかったのが大きいと思います。銀行も体力が落ちていた時期でお金を貸し出す余裕がなく、企業は新規投資をしようにも動けなかったのです。世界が一番波に乗って成長している時期に、我々はIT化もできず、IT企業への投資もできなかった。これで20年丸々遅れてしまったわけです。
河端IT企業と言えば、「何故日本にGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)が生まれないのか?」という議論があります。その一因とも呼べるのが、都立中学や都立高校の入試で必要となる内申書の存在です。都立中高では入学試験の一発勝負ではなく、内申書の成績が合否判定を少なからず左右します。そのため生徒たちは、特記事項に受験に有利なことを書いてもらおうと、ボランティアや地域活動、生徒会活動に励むのです。私に言わせれば、内申書を重視した入試ではアインシュタインは絶対に合格できないのです。
三浦成績目的にボランティアをするのも違和感がありますよね。でも確かに、自分の子どもを見ていても学校の先生が何を基準に評価しているのかわからない部分はあります。何となくですが、良いところを伸ばすというよりは、「全般的に良い子になれ」と言っているような気がします。少なくとも、ひとつの才能に抜きん出た子どもを評価する仕組みではないですね。
河端学校の先生も大変で、全体の調和を考えて全員を合格させなければなりません。そして全員を合格させるのは簡単で、つまりは実力より高い目標にチャレンジする生徒をなだめて、全員間違いなく合格するところを受けさせればいいのです。ただ、そういうことでは、結局のところGAFAやアインシュタインどころか、創造性のある子どもが育たなくなります。日本の教育が抱えている大きな問題なのです。
これからの時代の子育てに必要なこと
三浦今と昔の子どもでは、学習に関する傾向も違うものですか?
河端明らかに違いますね。最も顕著なのは学力自体が落ちていることです。学習塾には中学3年生も小学6年生も毎年新しい受験生が入れ替わりで入ってきます。そこで去年やったテストをそのまま今年やらせることで昨年とのレベルの比較ができるのです。こうした経年比較は、学校では難しく、文部科学省でもなかなか把握できていない数字です。一般的によく使われる偏差値はその年度の生徒内の相対的な位置を表すものですから、全体的なレベルが低下したかどうかはわかりません。こうした我々ならではの数字を使って比較してみれば、最近の日本の子どもたちの学力が落ちているのは一目瞭然です。
三浦その原因もわかっているのですか?
河端単純な話ですが、英語なら単語、数学なら計算、国語なら漢字という、いわゆる基礎基本が、明らかに疎かになっています。昔であれば「基本を徹底的にやれ」と、先生や先輩に厳しく指導され、嫌々やっていたものです。何しろ一番面白くない部分ですから。でもそれでこそ本当の力が身につきました。
三浦わかります。
河端ところが今の子どもたちは、新傾向問題や長文読解問題など、ちょっと面白そうな問題から先にやろうとします。英単語を覚えないまま長文読解問題に取り組んでも話になりません。子どもはどうしても安易に流されやすく、こうしたイージーゴーイングの風潮が、学力低下に大きく影響していると思います。これは東大に合格するような成績上位層にも見受けられる最近の傾向です。
三浦そんな時代における子育てに必要なことは何でしょうか。
河端私がお母様方にいつも話しているのは「自分の考えをしっかりと子どもに伝えてください」ということです。例えば「あなたは医学部に行って医者になるんだ」、あるいは「東大に行くんだ」など、何でもいいのです。自分の考えを子どもに語ってください。そうすれば最近の子どもは、賛成するにしても反対するにしても、嫌なことは嫌だと返してきます。そこからその子の意思なり、主体性が育っていくわけです。何も言わないよりずっと良い。親の方が、確たる意思や主体性を子どもに対して言わないので、子どもも自分の意見が持てないのだと思います。
物事の本質を見極めることが大切
河端最後に国際的な問題のひとつとして、地球温暖化を取り上げたいと思います。俗に二酸化炭素を人為的に排出することが、地球温暖化の原因だと言われていますが、それが本当に正しいのか少し疑問を抱いているのです。今回の新型コロナウイルスの影響で、世界の工場が止まり、車の利用も減りました。もし温暖化の理由が二酸化炭素の排出にあるのであれば、今年の夏は例年より涼しくなるはずで、それでも猛暑が続くなら、別の要因を探る必要があると思うのですが。
三浦温暖化は国際政治化した問題なので、とても扱いが難しいですね。私は専門外ですが、多くの専門家が温暖化の原因は温室効果ガスにあるとし、各国が既に二酸化炭素やメタンなどの削減に国策として取り組んでいますから。
河端そうですよね。ただ、興味があって調べてみたのですが、温暖化の原因は二酸化炭素だけではないとの説も見受けられるのです。何故こうしたお話をするのかというと、実際に中学や高校の入試において地球温暖化の原因が二酸化炭素にあるとした問題が、当然のように出されていることに引っ掛かりを感じたからです。仮に100%の確証がないのであれば、それを問うことで、子どもたちの科学探求への自由な発想が失われはしないかと危惧しています。
三浦気候変動への対策はSDGs(持続可能な開発目標)の目標のひとつにも入っていますが、どうもSDGs のなかで先進国が関心を持ちやすい問題だけに焦点が当たっている気はありますね。地球温暖化は取り組むべき重要な問題だと思いますが、貧困や飢餓、内戦のように、もっと人の命に直結しているテーマが見落とされがちなのは、国際政治における先進国優位の構造を示しています。
河端おっしゃる通りですね。
三浦河端真一 × 三浦瑠麗新型コロナウイルス禍によって、人類が地球環境に干渉してきたことが改めて意識され、環境問題についての関心は世界的に一層高まっていると思います。ただ、こうした契機をよりよく生かすためにも、先進国が果たすべき責任を自覚すべきです。ロックダウンによって命を守られるのは先進国の高齢者ですが、それによって困窮し、命を失うのは貧困地域、あるいは貧困層の児童たちです。そこには明らかな不正義が存在します。表面的に正しいとされる言説に従うのではなく、今本当に取り組むべきことは何か、物事の本質がどこにあるのか、それらを見極めることが大切だと思います。
河端今日は興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
三浦ありがとうございました。
(対談日2020年6月22日)
三浦 瑠麗(みうら るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。国際政治理論と比較政治が専門。東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て現在は山猫総合研究所代表を務める。著書に『21世紀の戦争と平和-徴兵制はなぜ再び必要とされているのか』『孤独の意味も、女であることの味わいも』(新潮社)、『シビリアンの戦争-デモクラシーが攻撃的になるとき』(岩波書店)など。